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コラム

私も恋に落ちた魅惑のピアニスト、ペトルチアーニ
島田奈央子/音楽ライター<Something Jazzy>

米ニューヨーク在住の日本人に向けた新聞から「新緑に合うアルバムを3枚選んで欲しい」という依頼があり、まず真っ先に頭に浮かんだのが、このフランスの至宝とも呼ばれるジャズ・ピアニスト“ミシェル・ペトルチアーニ”の作品だった。青々とした木々に溢れるニューヨークの公園を車で走りながら、スピーカーから流れてくるのは爽やかで美しいピアノの音色。もしそれがペトルチアーニだったら、どんなに心地よいだろうか。そんなイメージを膨らませながら、ペンを進めていったのを覚えている。

彼の音楽からは、いつも色々な風景が見えてくる。都会の新緑だけでなく、フランスの田舎町だったり、月灯りの下で眠る深い森だったり。また軽快によくしゃべる彼のピアノは、気の合う仲間たちと過ごすダイニングをイメージさせたり。勝手気ままに想像を膨らませながら、彼の音楽を聴いている。

ジャズというと、ペトルチアーニと出会うまでは、なんとなく内向的でインドアな印象が私にはあったと思う。ところが、彼の奏でるサウンドは、とても自由で開放的。スルスルっと鍵盤を駆け抜けていくピアノの音色は、本当に表情豊かで楽しいし、メロディもポップで聴きやすい曲が多い。さらにはロマンティックで重厚感のある曲も演奏し、クラシックファンをも引き寄せる。そんなペトルチアーニのオープンでニュートラルな世界観が、私に新しいジャズの楽しみ方を教えてくれた。

まるで泉のように、次から次へと湧き出てくる豊富なアイディア。それらを表現するための超絶なテクニック。集うミュージシャン達の素晴らしい音色。この先、どんな作品が飛び出すのだろうと心待ちにしていたファンも多かったはず。しかし、生まれながらにして小さな体のまま、36歳で生涯を閉じたペトルチアーニ。

素晴らしい作品の数々を作り上げた彼は、一体何を見て、何を感じて、何を経験したのだろうか。作品を聴くたびに、知りたいと思う欲求は募るばかりだった。ところが、なんと、なんと、彼の記録映画が祖国フランスで制作され、日本にも上陸するというニュースが飛び込んできた!

TV番組などに残されている貴重な映像とライブ映像、また周囲にいた人々のインタビューをもとに事細かに彼の生涯が描かれている。音楽ファンが見れば、繰り返し見たくなるほど、たまらない映像や情報がたくさんあるし、音楽ファンならずとも、様々な身体のハンディを乗り越えて生き抜く様は、心が揺さぶられるはず。

そして驚いたのは、この映画はまるでペトルチアーニの女性史。こんなに話しちゃっていいの!?と思うくらい、数々のエピソードを語っているのが、彼と交際や結婚経験のある女性たち。しかも、これが、この映画の軸になっている。彼女達の話を聞いていると、彼はもう究極のプレイボーイ。行く先々の素敵な女性と、次々に恋に落ち、そして去っていく。しかもいつも本気。捨てられた方の女性達は「たまったもんじゃない!」と憤慨してると思いきや、実はそうでもなくて、皆が「彼はハンサムだから」などと受け止めているところが凄い。

こんな私の説明じゃ納得のいかない女性もきっといると思うけれど、この映画を見ているとなんとなく理解できてしまうのが不思議。愛嬌のあるキャラクターにやられてしまうからか。それともポジティヴな生き方に心を奪われるのか。どちらにせよ、憎めない感じ。

また、この自由奔放とも思えるほど、自分に正直な生き方。何事も躊躇なく突き進んでいく、その旺盛な探究心。それは全て彼の音楽に通じていることがこの映画を通してわかったこと。ますますペトルチアーニが好きになってしまった。

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